ブロックチェーンを活用したデジタルキーを共同開発, アルプスアルパイン社とフリービット社にインタビュー
Shota
アルプスアルパイン社、フリービット社の2社は昨年より、ブロックチェーンを利用した車載デジタルキーの共同開発を進めています。
CryptoTimesでは、両社のデジタルキー開発担当者7名にお話を伺いました。
”インターネットの普及により社会へ大きな変化が起きた。それと同等の変化が起こる!”
”仮想通貨の購入をきっかけに分散性や安全性の技術を調べ始め、面白さを感じた”
”中央管理者がいない分散管理の仕組みなどの技術を深堀していくと興味深いことが多い”
などブロックチェーンに関心を寄せたきっかけも様々な2社7名に対してのインタビューです。
今回のインタビューでは、共同開発するデジタルキーやログシステムの詳細、今後のブロックチェーン業界に関する展望など、様々な視点から語っていただきました。
*本記事はインタビューのスクリプトを一部編集したものになります。
目次
アルプスアルパイン社・フリービット社について
アルプスアルパイン社は電子部品や車載情報機器を取り扱う企業です。近年ではCASE(Connected, Autonomous, Shared & Services, Electric)と呼ばれる車載新領域に力を入れています。
フリービット社はブロックチェーン含む様々なインターネット関連サービスの提供・コンサルティング等を行っています。
両社は本年7月、100年に1度の大変革期に直面する自動車業界において、MaaS(Mobility as a Service)に寄与する「シームレスカーライフ」の実現を目的に業務提携を発表。ブロックチェーン技術をベースに、デジタルキーシステムやシステムの改ざんリスクに対応するログ保管サービスなどを共同開発しています。
ブロックチェーン活用デジタルキーシステムについて
今回インタビューに応じていただいた、アルプスアルパイン社とフリービット社が共同開発しているデジタルキーシステムには、ブロックチェーンの技術が応用されています。
プラットフォームにはEthereumが利用されており、所有権を表すデジタルキーは改ざんを数学的に不可能とするデータベース上に保管されます。また、Ethereumに書き込む際に必要となる秘密鍵は、HSM(Hardware Security Module)という秘密鍵を安全に保管する専用機器にて生成、管理しており、よりセキュリティが高い仕組みを目指しています。
CEATEC 2019や東京モーターショー2019で紹介したデモでは、アプリの開閉操作ボタンによる開・施錠が可能となるシンプルなデザインとなっており、ブロックチェーンの知識がない一般の利用者も容易に利用できるようになっています。
開発に携わるメンバーへのインタビュー
アルプスアルパイン社
江崎さん:コネクテッドサービスプロジェクト, マネージャー
佐藤さん:同上, サービス開発
横田さん:同上, サービス開発, 量産化に向けた要件整理など
田口さん:同上, 車載キーソフトや関連機能のサーバー設計など
フリービット社
Jakub(ヤクブ)さん:デジタルキーのシステム設計など
田中さん:クラウドインフラ事業部, アプリの量産化に向けた要件整理など
玉野井さん:クラウドインフラ事業部 事業部長
ブロックチェーンを利用した共同開発デジタルキー
※「ア」:アルプスアルパイン社 ご担当者様
「フ」:フリービット社 ご担当者様
–デジタルキーにブロックチェーンを活用しようと決めたのはいつ頃ですか。
ア:18年の夏頃です。AIやビッグデータのほかブロックチェーンも自動車業界に大きなインパクトを与えるゲームチェンジャーになる可能性があると考えています。
当社は長年、車のリモートキー開発に取り組んでおり、Car Connectivity Consortium(※1)にも参画しています。
この強みを活かしつつ、また自社でまかなえない技術はフリービット社と協力することでブロックチェーンを活用したデジタルキーの開発を進めています。
フ:自動車のデジタルキー向けにブロックチェーンを活用する価値は大きいと考えています。
自動車向け製品は安全面・セキュリティ面の要求が非常に高いですが、ブロックチェーンを利用すればそれらをクリアすることができます。
また新車市場だけではなく、中古車市場まで考慮した場合、従来のサーバー管理型のシステムでは誰が管理コストを負担するのかが大きな問題でした。
パブリックに情報を分散管理するブロックチェーンであればこの問題も解決することができます。
※1 スマートフォンと自動車を連携させる通信ソリューション向け技術をグローバルに推進する業界団体
–現在の開発状況をお聞かせください。
ア:今期に開発を完了させ、来期に事業化できるよう取り組んでいます。
ただし、いきなり量産化するのは難しいので、当社のリソースを活用した社会実験を行って、安全性の確認が取れ次第のリリースを考えています。
製品開発と社内の体制
–開発はどれくらいの人数で進められていますか。
フ:時期による変動はありますが、10人程度です。
ア:5名程度です。
–ブロックチェーン技術に関する研修や勉強会などは定期的に開催されているのでしょうか。
ア:不定期で行っています。
デジタルキーやThe Logなど、ブロックチェーンのプロジェクトに携わっているメンバーが他部門のメンバーに対して、ブロックチェーン技術の基礎から動向までを説明し、社内での知見共有を図っています。
当社はIT企業ではなくメーカーなので、基礎の基礎から説明しなければ、なかなか理解が得られず、勉強会を行うと長丁場で大変になってしまいますね。
ベース技術に関連するサービス展開のビジョン
–デジタルキーにはEthereumが使われていると伺いました。施錠における即時性が求められる状況で、処理速度が実用レベルに達していないEthereumをベースとして選択した理由はございますか。
フ:本システムにおいて高い処理速度が必要になるのは開・施錠の実行。これはスマートフォンと車載機間の通信です。Bluetoothを用いることで即座に実行することを可能としました。
Ethereumが関わってくる部分は車の新規予約や予約内容の変更/削除などです。これらはユーザーが自宅や移動中など自動車に乗る前に、事前に処理しておく部分ですので、即時性は求められていません。
–オープンソースのパブリックブロックチェーン上でサービスを展開していくとのことですが、他サービスとの連携も視野に入れていますか。
フ:車だけではなく家やホテル、民泊、ロッカーなどに応用展開できると考えているので、他サービスとの連携・拡大も意識しています。また、サービスの継続性を担保しなければいけないため、Ethereum以外のプラットフォームにも対応できるようにする準備が必要です。
これから更なる研究や検証が必要になってくるでしょう。
業務提携第二弾として開発を進めるThe Logとは
–デジタルキー以外でのブロックチェーン活用用途を検討されていますか。
フ:The Logというインターネットインフラログシステムの開発を進めています。
これは書き込みにかかる時間・コスト・情報機密性の問題でパブリックブロックチェーンに全てを保管することが難しいログ情報を分散型のファイルシステムへ格納し、そのデータの参照に必要なキー情報のみをブロックチェーンに連携することで、最小限のコストで高いセキュリティを担保することが可能なオフチェーン向けのログ保管プラットフォームです。
ア:デジタルキー同様に自動車業界への適用が可能なシステムと考えています。当社ではすでに、一部の社内システムに採用しています。
–The Logのリリース時期をお教えいただけますか。
フ:β版は既にリリースが完了しており、現在は機能のブラッシュアップや性能の改善に取り組んでいます。
現段階では、正式なリリースは決めておりませんが、来年の前半ごろにはリリースできればと思っています。
国内外のブロックチェーン業界と今後の展望
–国内だとブロックチェーン技術よりも暗号通貨に関心が集まっている印象があります。日本におけるブロックチェーンを活用した事業のスピード感についてどのようにお考えでしょうか。
フ:日本のエンジニアは新しいものに飛びついて何かを始めるというより、既存の技術をいかに応用していくのかを考えていると感じます。
まったく新しいものを創りあげるワクワクドキドキ感を諦めている空気が日本にはあるのではないでしょうか。
ア:日本では新しいものをいかに早くリリースするかではなく、安定したものを提供することが優先されていると感じます。
事業のスピード感が遅いと感じる一因ではないでしょうか。
日本で浸透していく確信はありますか。
ア:自動車業界では企業ごと独自に実証実験が行われていたり、コンソーシアムチェーンを立ち上げるなどの活動が進んでいるので、少しずつ浸透してきていると感じています。
当社は売り上げの8割が海外のお客様なので、北米やヨーロッパのお客様がMOBIへ参加している状況を踏まえると、グローバルでも自動車業界は盛り上がるだろうと感じています。
フ:日本で浸透していくか否かは分かりませんが、グローバルで見るとEthereumはものすごいスピードで開発が進んでいるので、技術自体は絶対になくならないと思っています。
世界的に見ると今後さらにユースケースが拡大していくでしょう。
まとめ
インタビューの最後に今後の課題を伺いました。
■サービスを継続するための相互運用性が必要との意見が挙がりました。
”Ethereumを利用しているが、価格が下がる、あるいはもう少し安定してほしい。また、サービスの継続性という観点では、他のプラットフォームに容易に切り替えられるような仕組みづくり、相互運用性を増すことができれば良いと思う。”
■自動車業界におけるブロックチェーンの盛り上がりという観点からは、技術の複雑さも一つの課題とし、他業界の重要性についても述べられています。
”自動車業界以外でもブロックチェーンが応用され始めると、我々の取り組みがより説明しやすくなります。基本的な技術・仕組みを理解していただけると、ブロックチェーンに対する抵抗感や誤解が生まれなくなると思うので、他業界でも盛り上がるといいなと思っています。”
■展示会などでシステムの説明をする機会の多いプロジェクトメンバーからは、ユーザーに提供する価値が重要であるという声も挙がりました。
“世間ではブロックチェーン技術はまだ一般的ではないので、展示会などでは仕組みの説明に終始してしまうことがほとんど。重要なのは技術ではなくその応用により提供される価値です。今後ブロックチェーンが浸透していき、真の価値にフォーカスされるような流れを作っていく必要があると思います。”
企業のサービス適用としては珍しいパブリックチェーンのEthereumを使っている点や、来年には製品のリリースが行われていくというスピード感は、国内のブロックチェーン業界がより注目されていくための大きな要素となりえます。
CryptoTimesでも今後、自動車業界の動向についてお伝えしていければと思います。
<参考>
モビリティコンソーシアム「MOBI」について
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