エストニア在住日本人 blockhive 日下光 に聞くブロックチェーン事情 〜データ主権を個人が持つ魅力

エストニア在住日本人 blockhive 日下光 に聞くブロックチェーン事情 〜データ主権を個人が持つ魅力

2017年よりエストニアと日本の二拠点生活を送っている、blockhive Co-Founderの日下光に、CRYPTO TIMESの協力のもとインタビューを実施。エストニアにおいてブロックチェーン領域に取り組む彼に、移住の背景、ブロックチェーンの魅力、エストニア国民が電子政府から受け取るメリットなどを聞いた。

※ 今回のインタビュー記事は、CRYPTO TIMES のFounderである新井(アラタ)が協力の下、インタビューを実施し、株式会社電通様が運営するWEBメディアGRASSHOPPERに掲載されたインタビューの転載となります。

エストニアはBitcoinが誕生する前からブロックチェーンを導入

–まず、エストニアに注目することとなったきっかけを教えてください。

日下:日本でエストニアと言えば、2017年夏に政府が構想を発表した仮想通貨エストコインで有名になったと思いますが、私は2015年からエストニアの魅力に取り憑かれておりました。

きっかけはある雑誌と出会ったことです。見出しに『エストニアは(ロシアに)領土を奪われてもデータがクラウド上にあるので存続し続ける』と書かれており、電子政府や仮想住民「e-Residency」についてなど「信用経済」をベースに行われている政府活動に衝撃を覚えました。

先立つこと2012年、TED meets NHKというイベントで、私は『The next stage of social capital』というスピーチを行い、「これから貨幣経済は終わり、信用経済になる。みんなは、お金の稼ぎ方は知っているが信用の稼ぎ方は知らない」という課題を投げかけていました。加えて、日本で信用経済をベースにしたサービスを作っていたということもあり、エストニアが心に大きく響いたのです。

–「信用経済をベースにしたサービス」とはどのようなものですか?

日下:2012年当時の我々が疑問に思っていたのが、インターネット上に「価値」ある数字が存在しないということでした。FacebookのLikeもTwitterのリツイートも、影響度としてはいいのですが「価値」ではない。

信頼や信用をデジタル上で可視化・数値化し、貨幣の代わりに信用の媒体とすることを目指して研究開発とサービス提供をしていました。今でこそ理解してくださる方が増えましたが、当時は早すぎたのですね。なかなかビジネスとして立ち上がるのが難しかったです。

VCからは沢山の話が来たのですが、我々はIPOする気もバイアウトを実施する気も当時はなかったので、運営資金が必要で受託開発をスタートさせました。その受託案件の一つの要件に仮想通貨が含まれておりその際にBitcoinのホワイトペーパーを読み衝撃を受けました。自分たちがもっていた思想が、タイムスタンプや単調性データ構造などでアーキテクチャーとして確立されていて、そこからもうどっぷりはまってしまいました。当時2013年で、そこから2016年末まではブロックチェーン開発案件だけがどんどん増えていきました。

–当時はどのようなブロックチェーン案件が多かったのでしょうか?

日下:金融の取引所とかペイメントが多かったですね。あとは、Ethereum系のプロジェクトで、ICO(仮想通貨の新規売り出し)が始まる前から不動産や再生可能エネルギーのスマートグリッドの話が少しずつ出てきていました。

国際送金に仮想通貨のペイメントを使うとか、ブロックチェーンを使って日中の不動産の送金に仮想通貨を使えないかとか、社内のポイントシステムにブロックチェーンを使う実証実験プロジェクトが多かったです。

–その後、日下さんがエストニアに移住した経緯を教えてください。

日下:私がエストニアに移住したのは2017年ですが、当時の日本はブロックチェーンといえば仮想通貨一色でした。私がブロックチェーンの魅力と考えている「個人のエンパワーメント」「個人に主権を渡すこと」「中央に拠らない仕組みづくり」が日本に浸透するにはまだまだ先だと感じ、ブロックチェーンを使って実現できているところはあるかと探したらエストニアだったのです。

電子政府と呼ばれるエストニア政府は20年近く、ハッキングなどの被害を受けずに運営され続けているという事例があります。実はBitcoinが誕生する前にエストニアではブロックチェーンを導入しているんです。

エストニアではまさに広義の意味でのブロックチェーンを使っています。ここでの広義というのは、ブロックチェーンで改竄を防ぐタイムスタンプや、要素の一つである分散性を利用しているということです。

エストニアでは各省庁のデータベースにこれが利用されていますが、その各省庁のデータベースはそれぞれ別個です。一般的に言われているブロックチェーンでは、それぞれが同じデータを持っていて、違ったデータが見つかればそれを間違った、不正な情報として検出できる仕組みになっていると思いますが、エストニアの場合、情報は複製されていません。

エストニアの国民は生まれた瞬間から、ここに自分の情報が記録されていきます。その運用原則は『Once-Only Principle』と呼ばれ、自分に紐づく情報がそれぞれ必要な場所にのみ保管され、決して重複して複数の場所に保管されることがないという仕組みです。要素技術として以下の技術が採用されています。

まず、x-roadと呼ばれる、各省庁がデータを連携しあうためのデータ連携基盤があり、そして、e-idと呼ばれる電子IDに自分のすべてのデータが紐づいています。例えば、住民票の情報はここ、保険の情報はこの省庁といった具合に各省庁で保管されていて、金融庁が〇〇のデータが必要といった場合には各省庁への問い合わせを行います。

しかし、文字通り自分の個人情報は自分のものなので、データのアクセスに対する許可は自分自身で出します。自分の情報が各省庁に分散されて、暗号化されて保管されていますが、これを復号化できるのは自分だけなのです。

また、ポータルサイトがあって、自分の情報の変更はすべてそこで行うことができます。仮に誰かが自分の情報にアクセスした場合も、誰がいつどこでアクセスしたかがタイムスタンプで記録されています。ここには、KSIブロックチェーンと呼ばれるものが利用されています。

例外は警察です。警察は全員タブレットを持ち歩いていて、彼らが持つIDを使ってログインすることで、特権を使ってデータにアクセスすることが許可されます。でも例えば、警察官が仮に一日に3度自分のデータにアクセスしていた場合、自分側ではポータルを使うことで、いつ何回警察からのアクセスがあったのかがわかるような仕組みになっています。

これらは、すべて個人単位のe-idにより管理されているので、連続して二つの病院に行った場合でも、入った瞬間に「前の病院で何か不満がありましたか?」と聞かれ、カルテの情報もすべて保管されているので、もう一度同じことを説明する必要はありません。

すべて自分自身に紐づくので、自分のデータを誰が扱っているのかというのが見えるという特徴があります。先生が自分の情報に不用にアクセスしている場合、これはrevokeといってそれをClaimすることで、その人はアクセスできないように設定も可能です。これは、データの主権が個人にあるからで、まさにブロックチェーンの特徴を使ったものになっています。

分散型で情報が透明になり、誰かを無理に信用する必要がない

–現在、日本の上場企業のブロックチェーン採用率は高いのでしょうか?

日下:実際の数はまだ少ないと思います。例えば、銀行が導入するとなると基幹システムなどのスイッチングコストがかかってしまうので。本質的に、信用のある企業がブロックチェーンを使うメリットはさほどないと考えております。無名のスタートアップが銀行業を行う際にはブロックチェーンはいいかもしれないです。

–どういう企業・団体がブロックチェーンを活用するには適しているのでしょうか?

日下:地方でしょうか? 例えば、行政単位ではなく民泊とか商店街の人たちがコインを作る際には分散型ガバナンスで特定の誰かがデータを持つ必要がなくなるのでブロックチェーンは有効だと考えます。

–日下さんの考えるブロックチェーンの魅力を改めて教えてください。

日下:元々、インターネットはもっと個人のエンパワーメントができるツールだと考えていました。これは、マスメディアの発信やコントロールから離れ、Socialによって個々人が情報の発信源になることができるからです。

フェイクニュースなどの問題はありますが、私は個人のエンパワーメントにワクワクしていました。しかし結果は、GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)を中心に一部の人々だけが情報をコントロールできていて、情報へ対するアクセシビリティはありません。ここに平等性や公平性は全くないと思っています。

それがブロックチェーンの登場により、『正直者が馬鹿を見る』という昔から抱えているフラストレーションを解消できると思いました。ブロックチェーンは特定の権力でコントロールできない情報の透明性を担保し、より個人が正直者になれる仕組みであると魅力を感じています。

あとは、信用コストという言葉についてよく話しているのですが、人間はお互いを信用することが常にボトルネックになっています。信用できる仲間と仕事すると生産性がものすごく高くなりますが、信用できない仲間の場合には週次レポートや定例ミーティングでの進捗確認などにコストを割く必要が出てきます。ブロックチェーンを導入すると、分散型で情報が透明になるので特定の誰かを無理やり信用する必要がありません。

一点だけ気を付けなければいけないのが、ブロックチェーンは定義がないんです。日本だと、ブロックチェーン技術は”Blockchain Technology”と訳されることが多いですが、海外だとこれは”Blockchain Technologies”と訳されます。

例えばインターネットにおいてインターネットは一つしかないので”Internet”ですし、httpのプロトコルも一つのプロトコルしかありません。しかしブロックチェーンの場合、1970年代くらいからある技術を全部総称し、その複合がブロックチェーン技術になります。

例えば、EthereumとBitcoinっていうのは完全に別々で、インターネットで例えるならhttpとTCP / IPくらいの差があります。イメージで言うと、ウェブサイトはみんな”http://www~~~/”に展開されますが、TCP / IPのプロトコルにアップしても、パブリックには誰も見てもらえません。

今は、一つの単一のブロックチェーンがあるわけではなく、定義としては固まっていない広義のブロックチェーンの定義をすり合わせていっているのが現状です。

–ありがとうございます。後編ではエストニアのスタートアップについて教えてください。

Interview & Text:西村真里子

Edit:市來孝人

協力:CRYPTO TIMES 新井進悟

転載元記事 : エストニア在住日本人に聞くブロックチェーン事情 〜データ主権を個人が持つ魅力 – GRASSHOPPER

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