イーサリアム・ファウンデーション 宮口あやに聞く ブロックチェーンで社会を変えるビジョンとは
アラタ | Shingo Arai
ブロックチェーンの主要技術の一つであるイーサリアム・ファウンデーションのエグゼクティブ・ディレクターである宮口あや氏。今回、一時帰国にあわせてGRASSHOPPERでの取材が実現した。宮口氏のブロックチェーンとの出合い、イーサリアム・ファウンデーションへの想い、既存ビジネスとの融合、今後の展望などを伺った。
※ 今回のインタビュー記事は、CRYPTO TIMES の新井が協力の下、GRASSHOPPER編集部とインタビューを実施し、株式会社電通様が運営するWEBメディアGRASSHOPPERに掲載されたインタビューの転載となります。
転載元記事 : イーサリアム・ファウンデーション 宮口あやに聞く ブロックチェーンで社会を変えるビジョンとは– GRASSHOPPER
サンフランシスコでのブロックチェーンとの出会い
-ブロックチェーンに興味を持ったきっかけは何でしょうか。
元々、日本で長い間高校教師をしていたのですが、生徒達には外の世界を見に行きなさいと伝えていました。生徒達を海外に送り出しているうちに自分自身ももう一度挑戦したくなり、自ら行動しようとサンフランシスコに渡り、ビザのためにMBA取得から始めました。そのときに Kraken(クラーケン、米仮想通貨取引所大手)を立ち上げたJesse Powellからビットコインの話を聞いたのがブロックチェーンに興味を持ったきっかけです。
ビットコインについてある程度理解してきたところで、ちょうどその頃自分が専門にしていたマイクロファイナンスとすごく相性がいいということに気づきました。途上国の発展についての自分の興味関心と ビットコインの組み合わせで何か面白いことが起こるのではないか、と。
そこで、開発者が3名くらいで取り組んでいたスタートアップKrakenに参加することに決めました。いまではKrakenは800名ほど社員がいるので良いタイミングで参加できたと思っています。ちょうどクリプト業界自体が立ち上がった状態で、その頃から生き残っている取引所だとCoinbase、BitStamp、Krakenの3つぐらいです。その中に女性がいるのも珍しかったし、日本人もいない状態でした。
元々、日本市場担当としてスタートアップに入ったわけではないのですが、メンバーも日本に興味を持っているということで、日本市場開拓を決定した矢先にMt.GOX事件が起こりました。日本でまだビットコインを知っている人が少ない時期に、Mt.GOX事件というネガティブな印象が広まってしまい、Krakenの説明だけではなく、ビットコイン自体のイメージアップを行うためにメディアや政治家に説明する活動や、Bitflyerの加納裕三さんらと業界団体を作る流れにも繋がっていきました。
サンフランシスコと日本を行き来し、日本の業界を立ち上げることにはミッションを感じつつも、「取引所」の仕事というのは 私の情熱からは離れたところにあったため、個人的に途上国の難民支援をするためにブロックチェーンを活用したものなど、ソーシャルインパクトを起こすプロジェクトにアドバイスをしていました。
そのような活動を続けている折、イーサリアム・ファウンデーションのメンバーから仕事を手伝ってくれないかと相談が入りました。エグゼクティブ・ディレクターになってほしいと。因みにこの話があったのは、2017年末にメキシコでDevCon(イーサリアム開発者のカンファレンス)があったときです。イーサリアム創始者のVitalik Buterinも含めて、イーサリアムを作っている人たちは、まったくお金を儲けるのが得意じゃない感じで、純粋に情熱で社会を良くする技術を作りたいという気持ちでやっています。そのような想いにも共感をし、引き受けました。
分散型の究極を考えていくと、日本の「引き算の美学」に落ち着く
ーイーサリアム・ファウンデーションで行っていること、現在のミッションを教えてください。
イーサリアムに関わること全部です。研究開発、助成金サポートや教育。サポートしている人たちをサポートする役割もあります。つまり私のポジションは、イーサリアム・ファウンデーションをまとめるだけでなく、イーサリアム全体のコミュニティをサポートしていくことなんだと気づいたときにはプレッシャーで夜も寝られないこともありましたね。
ー現在のポジションについて、世界の見え方はどう変わりましたか?
イーサリアム・ファウンデーションにいると、意外と、日本人であることがぴったりだと感じます。イベントでよく日本の「引き算の美学」という言葉を使うのですが、いわゆるファウンデーションの在り方とか、分散型の究極を考えていくと日本の「引き算の美学」に落ち着くのです。世の中がもっと大きくなればいいとか、お金がもっとあればいいとか、資本主義的な流れへのカウンターでもあります。
サンフランシスコにいると、みんな優秀・給料も高い・Macを使っている…などとサンフランシスコが中心に思えてきます。しかし、一歩引いて考えてみた時に、世界の力のバランスがどれだけ悪いかということがより見えます。本来、力はみんな平等にあるべきだということを考えた時に、やはりブロックチェーンにもつながってきます。
ー資本主義の過熱から引く動きがある一方で、EEA(イーサリアムの企業利用を進める団体Enterprise Ethereum Alliance(エンタープライズ・イーサリアム・アライアンス )加入など、ビジネスシーンでの活用を促進する動きもありますよね?
最初はどちらかというと、Vitalikも含めて、イーサリアム・ファウンデーションは資本主義の流れから生まれた大企業とやりとリしない流れを歩く志向がありました。ですが、現在ではイーサリアムを作ったVitalikらファウンダー自身も想像がつかなかった程大きなコミュニティに成長し、大きな力を無視をすると影響力に限界があるということが見えてきました。
完全に一緒になることはなくても、どちらかに転んでしまうなら、私たちの理念を伝えることでなるべく良い方向に行ってほしいですし、こちら側もイーサリアムのスケーリングがある程度進んできたので、足並みを揃えることが可能になってきたともいえます。
ー大企業と足並みを揃えて活動する上で必要になるのはどのようなことでしょうか?
企業でイーサリアムのパブリックのメインネットを利用するために、我々のチームやコミュニティの活動がサポートできればと考えております。
新しく出来上がるスケーリングによってプライバシーでもできることが増えるので、タイミング的にはもっとファウンデーションの研究者などとも話し合って勉強しておく必要性があるのです。
ーイーサリアムがもっとも大企業向けに活用できる領域はどこなのでしょうか。
一番取り上げられやすいのはファイナンスのところなのですが、サプライチェーンや、情報をシェアすることによってメリットがあるもの、またそれによってビジネスが成り立つものですね。
今は保険などの領域でもそういった形が作れます。ただ、注目されるのはファイナンスの方が多いです。金融系のほうが規制や「パブリックかプライベートか」というところにだけフォーカスしてしまうので、それ以外のNFTやゲームや、トークンで作るシステム・社会などが出てくると面白いと思っています。まだまだこれからだと思います。
イーリアサムの活用事例とは?
ー「イーサリアムが活きてくる」プロジェクトはどのようなものでしょうか?
自分がアドバイスしているもので、Everestというプロジェクトがあります。分散型アプリケーションを作るときに大事になる利用者の特定・その取引の管理に取り組んでいます。もともとチームのミッションは世界中で大きな問題となっている「人身売買」。誘拐された人の身元を指紋や顔認証などで証明できるようになり、被害を1パーセントでも減らせたら、ということも考えていした。今はさらに大きなレベルで、インドネシアの難民のIDなど、Digital Identityのソリューションを提供しています。
うちの財団はイーサリアムのプラットフォームの開発支援がメインで、あまりdApp(分散型アプリ)の特定のビジネスを応援することをしないのですが、エコシステムの中で欠けている部分が埋めていくためにもある程度啓蒙活動をしていかないと、と思っています。
Etheriskという保険プロジェクトのプラットフォームでは、普通の保険ではカバーできないような自然災害に適用できる保険プログラムを作っていて、すでに実際に使われています。他にも、保険加入率が7%ほどのスリランカの農家を対象に、天候インデックスを絡めたスマートコントラクト型保険などもやっています。
このようなプロジェクトに適用できるイーサリアムに魅力を感じています。
ーよりソーシャルインパクトを起こしていくために、日本では今どういうお話をされているのですか。
日本はオープンソースソフトウェア開発に取り組んでいる人が、優秀でも隠れており、あまり報われない環境だと思います。日本人なのでみんな控えめという性格ももちろんあり、その点をうちのチームにわかってほしいなと色々と話を進めています。
ー日本の大企業側には現在、どういう姿勢でアプローチしてきてほしいでしょうか。
日本は文化的に、まだまだ優秀な個人が大企業にいると思います。また、エンジニアの給料が安いと言われる日本では、自分で興味があることを勉強する時間もあまりないと思います。オープンソースは参加して初めて学べるので、優秀な人がチャレンジできる環境を提供して頂けたらいいなと思いますし、そのためにうちの財団などがイーサリアム・コミュニティの優秀な人を金銭的に支援するなど、研究勉強できる場を提供していくような取り組みが大事だと思っています。将来的には仕事をやめなくてもイーサリアムが勉強できる、というのが理想です。
ー日本では10月に大阪でブロックチェーンの国際イベントDevConが開催されます。日本に対して期待していることは何ですか。
日本のブロックチェーン業界の起爆剤になればいいなと思っています。もっと日本のブロックチェーン業界が中身のある形に育っていかないとと思っていますし、日本もブロックチェーンを引っ張って欲しいと思っています。
Devconを開催する国の選定理由は、ブロックチェーン業界がきちんと活性化する兆しがある国であることです。以前よりブロックチェーン・コミュニティの人たちには、今後、日本にブロックチェーン業界がもっと良くなっていく未来がないとDevconの開催はできないと話をしていました。ですが、私の懸念をよそにコミュニティが中心となって行った東大でのイーサリアムイベントや、大日方祐介さんが企画した、サッカー選手であり投資家である本田圭佑さんとのイベントで、日本の若い方々がブロックチェーンへの熱意持って取り組んでいる姿勢が見えたので、今後に期待しようとDevconの日本開催を決定しました。
ー今後、世界のブロックチェーン業界に日本のプレイヤーが増えていくためにはどのようなことが必要でしょうか。
みんな控えめなので、自信を持ってほしいということです。私も海外でポジションにつくと「日本人でよかった」「日本人だから活かせることもある」「日本人だからわかる細かいところがある」ということに気づくことが多くありました。
イーサリアムは今ちょうど、アプリケーションがどんどん作れる状況になっています。アプリケーション開発にあたってユーザー目線でより良いものを作る、面白いものとかを作ることのも日本人の得意分野だと思うので、自分を殺さずにそれぞれが活躍できる場所を上手に見つけていってほしいと思います。
ー最後に、宮口さんが想像する未来は、ブロックチェーンが社会にどのように浸透していくと考えますか。
不公平のない、不均衡のない世の中というものを目指して現在色々と取り組みをしています。そのため、今の世の中を変えていくというよりは、バランスが崩れているところを適正なものに戻していくという表現が近いと思っていますし、私自身もそういう部分に魅力があります。バランスが崩れてしまった部分をブロックチェーンが正していってほしいと考えています。
Interview & Text:西村真里子
協力:CRYPTO TIMES 新井進悟
転載元記事 : イーサリアム・ファウンデーション 宮口あやに聞く ブロックチェーンで社会を変えるビジョンとは– GRASSHOPPER