ハッシュレートとビットコイン価格に因果性はあるのか?
Crypto Times 編集部
2019年9月23日前後に、ビットコインのハッシュレートが大幅に下落し、その1日後あたりにBTCの価格も下落したことが話題になりました。
一見、ハッシュレートの値動きに先行性があるように見えるため、ハッシュレートの下落がBTC価格の下落を引き起こしたのではないかと界隈では騒がれていました。
図の上部の時系列データがハッシュレートです。ハッシュレートが下落した後に(①)、つられるようにBTC価格も下落しているように見えます(②)。
今回は、2017年10月2日から2019月9月30日までの約2年間にわたるハッシュレートとBTC価格の日データを用いて、ハッシュレートに先行性があるかどうか、またハッシュレートからBTC価格へ因果があるのかどうかを調べていきます。
目次
理論上、BTC価格はハッシュレートを変動し得る
本題に入る前に、BTC価格がハッシュレートに与える影響について、少し理論に触れたいと思います。
理論上、確かにBTC価格からハッシュレートへの影響はあります。これはマイナーの収益とコストに関わる問題です。
この点を深く分析した論文があるので、簡単にBTC価格がどのようにハッシュレートの変動に関与しているのかを解説したいと思います。
マイナーは、「マイニングで得られる収益が、マイニングにかかる費用を超えない」限りマイニングは行いません。
逆に考えると、マイニングでの収益がマイニング費用を上回っている限りマイニングを続けるインセンティブがあるということになります。
それでは、マイニングの収益とマイニング費用に関わる要因はなんでしょうか?
それは、マイニング難易度(ディフィカルティ)とBTC価格です。
難易度は、当選確率のようなもので、難易度が高ければ高いほど得られる収益が少なくなることを意味します。しかし電気代などの費用は変わらないので、難易度が高くなれば収益が下がり、結果的に利益(収益−コスト)が少なくなってしまいます。
またBTC価格もマイニングを続けるかの判断に影響を与えます。
マイニングでブロック生成ができれば、手数料と貨幣発行益により収益を得ることになりますが、得たBTCの価値が電気代などのマイニング費用を超えなければマイニングでの利益は得られないことになります。
BTC価格が高い水準にあるときは、仮に少しの価格下落を受けてもいきなりマイニング収益が費用を下回ることはありません。
しかし、ある閾値を下回った瞬間に、多くのマイナーにとってマイニングの収益とコストの採算が合わなくなり、マイナーがマイニングを停止してしまいます。そうなればハッシュレートが極端に下落することになるのです。
本論文の中でも、急激にBTC価格が下落しマイニング収益がコストに見合わず一挙にマイナーが退出することで、ブロック生成が覚束なくなることが危惧されています。
これらは、BTC価格からハッシュレートへの影響が存在しているということがわかります。
利益率が保たれなくなるとマイナーが市場から消えていき、その分ハッシュレートが下がっていくというシナリオになります。
このようなシナリオが実際に起こったケーススタディーを知りたい方は以下の記事を参照ください。
イチからわかるマイニング事情【第2回】:実際の統計からみるマイニング産業
上記で述べたのとは反対に、何かしらの原因でハッシュレートの変動がBTC価格の変動に影響を与えることはあり得ることでしょうか?
つまり、ハッシュレートの変動はBTC価格に目に見えるほどの影響をもたらすのでしょうか?
もし、現在のBTC価格がハッシュレートに(遅れて)依存する、あるいはハッシュレートの変動からBTC価格形成への因果関係があるならば、ハッシュレートの変動を指標にした投資手法が構築できることになります。
この“実際的な”影響度合いを測るため、今回はグレンジャー因果性分析を用いた分析を行って、調べていきたいと思います。
グレンジャー因果による分析:ハッシュレートからBTC価格への因果性はあるのか
時系列解析の方法論の一つに、グレンジャー因果性分析(Granger Causality)という手法が存在します。
2003年にノーベル経済学賞を受賞したC.W.J. Granger(クライブ・ウィリアムズ・ジョン・グレンジャー)教授が提唱したためにグレンジャー因果と名付けられました。
この方法で、2つの時系列データ間にある因果性をあぶり出すことができるので、今回はグレンジャー因果を用いてハッシュレートとBTC価格を分析していきます。
グレンジャー因果とは何か?
簡単にグレンジャー因果性分析とは何かを説明するために、ある時点のBTC価格を、過去のBTC価格のデータから予測したいとします。
時系列データには、「今日のBTC価格」は「昨日までのBTC価格」に依存して決まるという特徴があります。
昨日がこのくらいだから今日はこのくらいだろうということです。
そして、今日のBTC価格を予測する際に、過去のBTC価格だけを使った時と、過去のBTC価格に加え、過去のハッシュレートのデータも使った時を比べてみることでハッシュレートとBTC価格の関係性がわかります。
もしBTC価格を「BTC価格だけ使って予測(説明)」する時より、「ハッシュレートも加えた上で予測(説明)」した方がよりよく今日のBTC価格を予測(説明)できるならば、ハッシュレートは価格に影響していることが言えます。
何故ならば、BTC価格が少なからずハッシュレートの影響を受けていることになるからです。
2つが全く関係ないなら、予測精度が上がることはないと言えます。
このとき、ハッシュレートからBTC価格へのグレンジャー因果が存在しているといいます。
結果:ハッシュレートから価格へのグレンジャー因果の存在は認められない
結果から言うと、ハッシュレートからBTC価格へのグレンジャー因果性は認められませんでした。
Granger causality H0: Hashrate does not Granger-cause Btcprice
F-Test = 1.0852, df1 = 10, df2 = 1396, p-value = 0.3701
今回の帰無仮説は、「ハッシュレートがグレンジャーの意味でBTC価格に因果性を持たない(ハッシュレートからBTC価格へのグレンジャー因果が認められない)」です。
有意水準を慣例に従い95%とすると、p-value(p値)が5%以上であることから、上の帰無仮説は棄却されないという結果になりました。
つまり、ハッシュレートから価格へのグレンジャー因果は認められないということです。
このことから、次の時点のビットコインの値動きをハッシュレートの動きをもとに予測するべきではないということが言えます。そのため、投資の意思決定にハッシュレートの動きを参考にすることはあまりおすすめできません。
もちろん、今後より多くの投資家がBTC価格の変動予測指標としてハッシュレートを使えば、ハッシュレートと価格の因果性、あるいはハッシュレートの先行性が認められるようになるかもしれませんが、少なくとも現在ではハッシュレートからBTC価格への説明能力は低いことが考えられます。
インパルス応答関数:お互いの影響をどのくらい受けているか
次に、一方の時系列データに「何かしらの変化」があった時に、それが他方の時系列データにどのように伝わるのかをインパルス応答関数でモデリングしてみました。
このインパルス応答関数では一方から一方へ、どのくらいの影響が、どのくらいの時間間隔(タイム・ラグ)で伝わるのかが視覚的にもわかります。
ハッシュレートから価格への影響はどのくらいあるのか?
ハッシュレートに何かしらの変化があった時に、時間の経過も含めてBTC価格にどう伝わっていくかをインパルス応答関数で明らかにした図が以下になります。
ハッシュレートに1単位(1標準偏差)の衝撃を加えたときに、BTC価格は全体として最大でも±0.003(±0.3%)ほどの影響しか受けていないことになります。
対象期間(17年10月から19年9月)のビットコインの平均価格が $7653.274ということを加味すると、1単位のハッシュレートの変動に対して最大でも$22ほどの変動分しか反応していないということです。
またハッシュレートの変化に対して、10日後あたりからは影響が落ち着き始め、ほとんど0に収束し行くのが見てわかります。
この微量の波(影響)から考えてもグレンジャー因果が存在しないことが伺えます。
ハッシュレートの下落(2019年9月23日)が起こった理由
今回、ハッシュレートからBTC価格への目に見えるような因果が、少なくてもグレンジャー因果性分析では認められないことが明らかになりました。
それでは、そもそも9月23日にハッシュレートが大幅に下落した理由はどこにあるのでしょうか?
理由を説明するために、ハッシュレートとブロック生成数の関連性について説明します。
ハッシュレートは難易度とともにブロック生成数にも影響される?
ハッシュレートがおかしい?と思ったら、Excelで=poisson(x,144,True)を計算してみるとよいです。xは24時間のブロック生成数で、計算結果はx以下となる確率です。異様に小さいと思ったら平均144ブロックが維持できていない可能があります!
今回はx=117とかで1.16%なので年に3、4回あるレベルです。
— KanaGold@パパコイナー (@hereisyourbtg) September 25, 2019
上記はKanaGoldさんによる、先日のハッシュレートの下落に関してのツイートです。上記のツイートで指摘されているように、”ハッシュレートは直接観測できない値なので、難易度とブロック生成時間の平均値から推定される性質のもの”であり、ブロック生成数はポアソン分布に従っています。
つまり、ハッシュレートは難易度とともにブロック生成時間(ブロック生成数)にも影響されるようです。
これは、難易度が一定の中で、生成されるブロック数が少なければハッシュレートも下がり、ブロック数が多ければハッシュレートも上がるということが言えるわけですね。
KanaGoldさんの分析によると24時間以内に生成されるブロック数は平均して144ブロックです。
極端すぎる例を用いると、今まで24時間で144ブロックほど生成されていたのに、突然次の24時間で生成されるブロック数が100以下になったらどうでしょうか? (24時間のブロック生成数が100以下になる確率は0.00665%なので、ほとんど有り得ない)
そうなれば、24時間で観測されるハッシュレートが大幅に下落することになります。
つまり、ハッシュレートの暴落は確率的に起こり得るのです。
マイナーが恣意的に操作しているとか大きな力が外から加わっていることよりも、確率的におきているという説明の方が説得力がありそうです。
KanaGoldさんのツイート内容によれば、ハッシュレートの暴落があった24時間以内のブロック生成数は117です。
平均が144ブロックですから、24時間以内に117ブロックしか生成されなかったら少し驚きますよね。
例えて言えば、あなたが、いつも150人の客が来たり130人来たり変動はあるものの平均して1日(24時間)に144人が来客するお店の店主だとします。そんなお店で117人しか来ないようなものです。
では24時間以内に生成されるブロックが117ブロック以下となる確率はどれほどなのでしょうか。
その確率はズバリ、1.16%ほどです。
これは365日×1.16%という計算から、1年間に3回から4回ほど起こる、珍しいけど全くないわけでもない事象ということになります。
そのため、23日のハッシュレート暴落は確率的に言えば年に3回から4回ほどは起こり得るような事柄と言えるでしょう。
まとめ
先の因果性の分析を振り返ると、ハッシュレートとBTC価格にグレンジャーの意味で因果性はなさそうです(再度、グレンジャー因果と通常の因果の意味に少し違いがあることに注意してください)。
また9月23日に見られたハッシュレートの暴落は珍しいことではありますが、起こり得ると言えます。
そのたまたま起こったハッシュレートの暴落とビットコインの価格下落が偶発的にも同じような時期に起きてしまったために、2つの間に相関性・因果性があるかのように見えただけと結論づけられるのではないでしょうか。
しかし、これからますます投資家が、指標としてハッシュレートの変動をBTC価格予測に使えば、ハッシュレートの値動きがBTC価格を説明する大きな要素になり得ることも考えられます。というのも、いつでも市場には自己実現性があるからです。
BTC価格がハッシュレートに従っているという見解が色濃くなれば、ハッシュレートに従う投資家が増え、その結果BTC価格がハッシュレートに従う動きを取るようになることもあり得ます。
参考文献 など
A Lucas Critique to the Difficulty Adjustment Algorithm of the Bitcoin System
Special Thanks:KanaGold@BUIDL, Ltd.