先月の27日、世界最大手の仮想通貨取引所であるバイナンスのCEO、Changpeng Zhao氏がバイナンスコイン(BNB)は他のメジャーな通貨と比べて最もボラティリティが低いという調査結果をツイッター上で発表しました。

調査を行ったSludgefeed社は、金融商品の統計分析で使用される指標「ベータ値」を比較することで、BNBがメジャー通貨の中で最もボラティリティが低いという結果を導き出しています。

SludgeFeedより | 最右列、下から二番目がバイナンスコインのベータ値

しかし、仮想通貨市場のこの手ニュースは常に疑ってかからなければいけません。市場全体や特定の通貨にとってポジティブなニュースは、ソースの信憑性に関わらず広まる傾向にあるからです。

そこでこちらのページでは、今回の調査で使われている「ベータ値」とは何かを統計や数学的な内容を簡略化して解説し、この調査結果が果たして信用できるものなのかを考察していきます。

ベータ値とは?

ベータ値とは「Xが変化するとYがどれだけ変化するか」がわかる便利な指標です。この値は「リグレッションテスト」と呼ばれる統計分析法で求められるものです。

ベータ値に入る前に、リグレッションテストとは何なのかを解説していきます。まずは、下の表を見てみましょう。

表にはデータとして、4つのXY座標のペアが記録されています。表の値をグラフにしていくと、どのような式が成り立つでしょうか?

データ X座標 Y座標
ペア1 1 2
ペア2 2 4
ペア3 2.6 5.2
ペア4 3.7 7.4

「Xが1のときYは2、Xが2のときYは4」と考えていくと、この表の値全てに当てはまる式はY=2Xであることがわかります。

簡単に言い表すと、この「Y=2X」の傾き「2」がベータ値、そして、上述のように「与えられたXとYのペアに当てはまる式や傾き(=ベータ値)を導き出す」のが「リグレッションテスト」です。

※この解説は本来のリグレッションテストに含まれる他の内容を大幅に省略しています。

ベータ値とボラティリティの関係とは?

それでは、このベータ値やリグレッションテストは金融商品の価格やボラティリティの分析とどのような関係があるのでしょうか?

「Y=βX」のXを「仮想通貨市場の価格」Yを「バイナンスコイン(BNB)の価格」に置き換えてみましょう。上述同様、XとY(=価格データ)があれば、β(=ベータ値 / 傾き)を求めることができます。

すると、「Y=βX」は日本語で「BNBの価格Yは、仮想通貨市場の価格Xのβ倍である」と表現することができます。

つまり、細かい話を抜きにすると、両者の価格データを見ていけば「Y=βX」となるようなベータ値を概算できる、ということです。

そしてこの式でのベータ値というのは、仮想通貨市場の動きに対してBNBの価格がどれだけ反応するかを表す指標であると考えることができます。

  • β=1であれば、市場とBNBの価格は同じだけ動く (例: Y=X)
  • βが1より大きいと、BNBの価格は市場の価格より大きく動く (例: Y=1.3X)
  • βが1より小さいと、BNBの価格は市場の価格より小さく動く (例: Y=0.7X)
  • βが負の数だと、BNBの価格は市場と逆向きに動く (理論的には可能だが現実ほぼ存在しない)

よって、XとY(=価格データ)がわかっていれば、リグレッションを用いることでXに対するYのボラティリティ(=ベータ値)を求めることができるのです。

※この解説はCAPM(キャップエム)と呼ばれるリグレッションをベースにした金融統計分析法を簡略化したものです。

「バイナンスコインが最も安定」は本当?

それでは本題に戻りましょう。Zhao氏がツイートした「バイナンスコインが他のメジャー通貨と比べて一番ボラティリティが低い」という調査にはどれくらいの正当性があるのでしょうか?

Sludgefeed社の調査では、仮想通貨市場の価格(=X)としてALT100と呼ばれる経済指標を使い、ビットコイン(BTC)、イーサリアム(ETH)、リップル(XRP)、ライトコイン(LTC)、バイナンスコイン(BNB)、ナノ(NANO)のそれぞれのベータ値を求めています。

SludgeFeedより | 最右列、下から二番目がバイナンスコインのベータ値

Yのデータには、それぞれの通貨の今年7月8日から8月22日までのデイリー価格を使用しています。

以下の項では、当調査結果を正しく理解する上で、筆者が考える「注視すべき点」をいくつか挙げていきます。

調査データの対象期間はいつなのか?

7月8日ー8月22日間における市場(青)とバイナンスコイン(緑)の価格推移 | CoinMarketCapより

SludgeFeed社の調査方法を見ていて最初に目に付いたのが、データの対象期間です。

今回ベータ値を求めるために使用されたデータは今年の7月8日から8月22日の45日間のみのものとなっています。

上述のベータ値・リグレッション解説に例に沿って言えば、45日=45ペア分のXとYのデータを使用している、ということになります。

データの対象期間が長ければ長いほど、ベータ値の長期的な信憑性も上昇します。一方で、ベータ値自体に大きな振れがある場合は、長期を対象としたベータ値は参考にならないこともあり得ます。

通常、米国や日本、ヨーロッパなどの株式のベータ値は3~5年分のデータを使って算出されることが多いと言われています。

しかし、仮想通貨市場はまだ歴史が浅いため十分なデータが揃いにくく、かつベータ値自体に振れが出てくる可能性も十分にあり得ます。

通貨や経済指標の偏差値や相関性が変わってくるとベータ値も大きく変化します。特定の通貨が高騰したり、人気が廃れたりすれば当然これらの値に変化が起きます

仮想通貨市場でいう昨年12月のようなバブル相場をベータ値の計算に入れてしまうと、現実にそぐわない値が出てきてしまう可能性もあります。

実際、2017年時のバイナンスコインは市場とほぼ同じ動き(ベータ値が1に近い)を見せています

2017年の市場(青)とバイナンスコイン(緑)の価格推移 | CoinMarketCapより

45日間という対象期間が果たして適切なのかどうかは置いておいて、今回算出されたベータ値はあくまで2018年7月上旬~8月下旬までのみを見たものであるということを知っておくことが大切でしょう。

このベータ値は直近の9月や10月では同じ傾向を保ち続けるかもしれませんが、年単位で見た場合には大きな違いが出てくることでしょう。

仮想通貨市場の価格(=X)には何を用いているのか?

次に見るべき点はデータの質、特に、「仮想通貨市場の価格Xに何を用いているか」です。通常、このXには経済指標(インデックス)というものが使われます。

経済指標とは、ある基準に沿って構築されたポートフォリオ(どの商品をどれくらい持っているか)の価格を表すもので、「市場を表す価格」として分析に使われます。

「ある基準」には、時価総額や地域、商品のタイプ(株式・債券・コモディティ・仮想通貨…)など、様々なものが関係してきます。

株式であれば、「日経平均株価」や「S&P500」などが代表的な経済指標と言えるでしょう。

SludgeFeed社の調査で使用されたALT100という経済指標は、時価総額や取引高、コインのタイプなどの基準で選ばれたトップ100通貨をまとめたインデックスとなっています。

仮想通貨のボラティリティを分析する上で、この経済指標には優れた点がいくつかあります。

まず、同指標では過去30日間の取引高が10万ドルを超えるもののみ選択されています。こうすることによって、流動性の低いフォーク通貨などはカウントされなくなります

次に、同指標ではステーブルコインと呼ばれる「ボラティリティが極端に小さい」コインをカウントしていません。

ステーブルコインは、USDTなど法定通貨にペグされた通貨や、コモディティなど別の資産の所有権を表すものがあるため、一般的な仮想通貨のボラティリティを分析する上では無い方が良いと言えます。

ボラティリティの指標はベータ値だけではない!

最後の注意点は、ボラティリティを表す指標はベータ値以外にもある、という点です。投資のスタイルによって、見るべき指標が変わってくるという点も知っておかなければなりません。

例えば、複数の通貨を長期的に保有するポートフォリオを構築する際には、ベータ値だけでなく各通貨の偏差値他通貨との相関性にも注目しなければいけません。

通貨のパフォーマンスに関わる調査は常に疑うべき

以上が筆者によるSludgeFeed社のBNB分析の考察でした。ベータ値を利用した分析の正しい理解の仕方をお分かりいただけたでしょうか。

結論を言うと、「BNBが他の通貨と比べて最もボラティリティが低い」という調査結果は、「まあ、短期(数ヶ月〜年内)目線で見たらおそらく合っている」程度でしょう。

「7月上旬ー8月下旬のデータを分析してみたら、たまたまBNBのベータ値が一番低かった」だけであって、この状態が長期的に続くかどうかは微妙でしょう。

しかし、バイナンスコインが総じて市場に対するボラティリティの低い通貨であることは事実です。

仮想通貨のパフォーマンスに関わる調査には常に疑ってかかり、有用な情報は正しく理解した上で適度に信用するのが良いでしょう。